※この記事の集計対象は、厚生労働省が公開している「平成14年度から令和7年度までの地域別最低賃金改定状況」(24年度分・47都道府県)と、令和6・7年度の答申状況および全国一覧です。すべて公開資料で、リンクは末尾にまとめています。2026年度(令和8年度)の目安額は、この記事を書いている時点でまだ確定していません。
毎年夏になると「最低賃金の目安が決まった」というニュースが流れます。全国加重平均で何円上がる、という数字です。
複数の県に店舗を持っている事業者にとって、この数字は、実はそれほど使えません。自分の県の額でもないし、いつから払うのかも書かれていないからです。
去年の分を、厚生労働省の公開資料で全部確認しました。額も日付も、目安からかなり離れていました。
目安の額では、自分の店の人件費は決まらない
去年(令和7年度)の目安は、Aランク63円、Bランク63円、Cランク64円でした。
実際に各都道府県で決まった引き上げ額は、63円から82円です。
目安からの上乗せが大きかった県を、上乗せ額の順に並べます。
- 熊本 目安より18円上(引き上げ額82円)
- 大分 17円上(81円)
- 秋田 16円上(80円)
- 岩手 15円上(79円)
- 福島 15円上(78円)
- 群馬 15円上(78円)
目安どおりの額で決まったのは、47都道府県のうち8都府県だけでした。埼玉、東京、神奈川、長野、静岡、愛知、滋賀、大阪です。残りの39道府県は目安を上回っています。上乗せ額の平均は5.4円でした。
全国加重平均でも同じことが起きています。目安どおりに全県が改定していれば1,118円という計算でしたが、実際に決まった額は1,121円です。
その前の年(令和6年度)も同じ向きでした。目安は全ランク50円で、実際は50円から84円。目安どおりだったのは20都道府県で、上乗せ額の平均は3.1円。徳島だけが84円で、目安より34円上でした。
去年は、上乗せする県が増えて、上乗せ幅も広がっています。
人件費を見込むときに「目安が○円だから、うちも○円」と置くと、地方の店舗で足りなくなる可能性がある、ということです。
発効日を24年分数えた
もう1つ、去年は違うことが起きていました。発効日です。
厚生労働省は、平成14年度から令和7年度までの改定状況を1つのExcelで公開しています。都道府県ごとの改定額と発効年月日が入っていて、24年度分あります。発効日を全部数えました。
23年度分、翌年にずれ込んだ県はゼロ
- 平成14年度から令和6年度までの23年度分では、改定が行われた県で、発効日が翌年にずれ込んだ例は1つもありません
- この23年度分で最も遅い発効日は、平成23年度の11月11日
- 発効日の早い県と遅い県の開きが最大だったのは平成23年度で、42日
つまり、この23年度は「10月に集中し、遅くても11月中旬まで」という形が続いていました。「最低賃金は10月から上がる」という言い方は、おおむね正しかったことになります。
令和7年度に、それが崩れた
去年はこうなりました。
- 発効日が翌年になった県が6県。福島・徳島・熊本・大分が2026年1月1日、群馬が2026年3月1日、秋田が2026年3月31日
- 発効日の開きは181日。それまでの最大(42日)の4.3倍
- 10月中に発効したのは47都道府県のうち20。その前の年は46です(10月1日ちょうどで見ると、去年は栃木の1県だけ、その前の年は25都道府県)
秋田の最低賃金は951円から1,031円になりました。80円上がっています。上げ幅としては全国でも大きいほうです。ただ、その80円が実際に効いたのは2026年3月31日でした。他の県が上がってから、半年後です。
複数県に店舗があると、同じ年の改定なのに、店ごとに適用開始が半年ずれることになります。
上乗せの大きい県ほど、発効が遅い
この2つは、たぶん別々の話ではありません。
去年の47都道府県を、目安からの上乗せ額で3つに分けて、10月1日から何日遅れて発効したかを見ます。
- 目安どおり(上乗せ0円)の8都府県:遅れの中央値は9.5日
- 上乗せ1円から9円の28道府県:24日
- 上乗せ10円以上の11県:83日(最も遅い秋田は181日)
上乗せ額と発効日の遅れの相関係数は0.699でした。上乗せした県ほど、発効日が後ろにずれています。
ありそうな別の説明を2つ、順番に潰しておきます。
「答申が遅れたから発効も遅れた」では説明がつかない
1つめは「上乗せを決めたから遅らせた」のではなく「審議が長引いた県は答申そのものが遅く、その分だけ発効も後になっただけ」という読み方です。
これは成り立ちません。厚生労働省は令和7年9月5日に「全ての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされました」と発表しています。47都道府県の答申は、遅くとも9月5日には出そろっていました。答申日のばらつきはひと月ほどで、181日の差を作れる幅がありません。
そもそも発効日は、答申が遅れた結果として自動的に決まるものではありません。最低賃金法14条2項は、改正の決定は公示の日から30日を経過した日から効力を生じ、決定の中でそれより後の日を定めたときはその日から効力を生じる、と書いています。早いほうには公示から30日という下限がありますが、遅いほうに上限はありません。発効日は、決定の中で別に選ぶ項目です。
秋田の答申は遅くとも9月5日ですから、いちばん早ければ10月上旬に発効できました。実際は2026年3月31日です。
「都市部と地方の差を見ているだけ」でもない
2つめは「上乗せが大きいのは地方の県で、発効が遅いのも地方だから、結局は都市部と地方の差ではないか」という読み方です。
これはもっともな疑いです。実際、上乗せ0円の8都府県のうち5つがAランク、上乗せ10円以上の11県のうち8つがCランクでした。上の3分割は、その意味で都市部と地方の差も一緒に見ています。
そこでランクの中だけで計算し直すと、Bランク28道府県の中で0.608、Cランク13県の中で0.612でした。ランクをそろえても関係は残ります。都市部と地方の差だけでは説明がつきません。
ただし、この相関は端に引っ張られてもいます。年を越えた6県を外すと0.699は0.564に下がります。関係が消えるわけではありませんが、いちばん効いているのは秋田や群馬のような極端な例のほうです。
前の年にも、同じ向きが出ている
令和6年度に10月から外れた県は1つだけで、それが徳島でした(2024年11月1日)。その徳島は、目安から34円上乗せした、その年に上乗せが全国で最大の県です。
年をまたいで、独立に同じ向きが出ています。
遅らせる側にも事情はある
念のため、遅らせること自体に理由がないわけではありません。
答申が公示されてから15日間は、労使が異議を申し出られる期間です。その手続きが終わるまで決定はできない決まりになっています(最低賃金法11条)。決定してからも公示から30日は空きます。賃金表の作り直しや就業規則の変更にも時間がかかります。答申状況の資料にも「発効日は、答申公示後の異議の申出の状況等により変更となる可能性有」と注記があります。
半年という長さがそれで全部説明できるかは別として、遅らせる側の事情そのものは、資料に書かれています。
去年の秋田で起きたのは「額は全国でも大きく上がったが、効き始めるのは半年後だった」という組み合わせです。働く側から見れば、額を取って時間を失った形になります。逆から見れば、その県の事業者は、上げ幅が大きいぶんの準備期間を半年もらった形です。同じ1つの決定が、働く側と雇う側で違う意味になります。
何が言えて、何が言えないか
数字を並べたので、どこまでが言えることかを書いておきます。
相関は出したが、因果は測っていない
上乗せ額と発効日の遅れが一緒に動いていることは、47都道府県の全数で確認しました。答申日で説明できないことも、ランクの差で説明できないことも潰しました。
ただ、都道府県ごとの答申日そのものは取っていません。 厚生労働省の資料は9月5日に全県が出そろったことまでしか書いておらず、県別の答申日は各労働局が個別に公表しています。1つずつ当たれば調べられますが、今回はやっていません。だから「上乗せを決めた審議会が、その代わりに発効日を後ろへ置いた」という筋道までは、この集計では確定できません。言えるのは、答申の遅れという説明では181日は作れない、というところまでです。
3つの数字のうち、1つだけ集計方法に依存する
24年分の集計では、前年度から引き上げ額が0円だった県(その年に改定していない県)を除いています。除外したのは平成15年度の42県、平成16年度の3県、平成21年度の2県、令和2年度の7県です。
このうち、
- 「発効日が翌年にずれ込んだ例はない」
- 「最も遅いのは平成23年度の11月11日」
の2つは、この除外をしなくても結論が変わりません。数え直して確認しました。
一方で「開きが最大42日」は、除外をした場合の数字です。除外しないと、改定していない県が前年の古い日付のまま残るため、見かけ上の開きが1年近くに膨らみます。ここだけは方法に依存する数字なので、そう書いておきます。
中央値9.5日は、代表値としては弱い
3分割のうち、目安どおりだった8都府県の群は、遅れが2日から4日のものが4つ、15日から31日のものが4つに割れています。中央値の9.5日は、その谷にあたる値です。実際に9日か10日で発効した県はありません。残り2つの群(24日・83日)は実測に近い値です。
2年分しかない
上乗せと発効日の関係を見たのは令和6年度と令和7年度の2年分です。徳島の例で前年も同じ向きだと確認しましたが、2年は2年です。今年も同じことが起きるかは、今年の資料が出てから数え直します。
複数県に店があるなら、何を見るか
最後に、実務の話に戻します。
今年の目安が決まっても、そこから分かるのは「国が各都道府県の審議会に示した水準」までです。分からないのは2つあります。
1つは、自分の県の額です。 去年は39道府県が目安を上回りました。目安は上限ではありません。答申にも「公益委員の見解を十分参酌され、自主性を発揮されることを強く期待する」と書かれていて、地方の審議会は目安に拘束されない建て付けになっています。
ただし下限のほうは、事実上そうなっています。去年もその前の年も、目安を下回った県は1つもありませんでした。制度としては下回れますが、この2年の実績では下回っていません。人件費を見込むなら、目安と同額ではなく、目安以上で置いておくほうが実態に合います。
もう1つは、いつからかです。 去年は6県が年を越えました。10月に上がる前提で人件費を組んでいた事業者にとっては、結果として猶予ができたことになります。逆に、複数県で同じ月から一律に切り替える前提で給与計算やシフトの単価を組んでいると、県ごとに適用開始が半年ずれるという事態になります。
見るべきなのは、8月から始まる自分の県の審議会と、そこで示される発効日です。全国加重平均の数字ではありません。
煽るつもりはないので、はっきり書いておきます。これは去年と一昨年の2年分の記録から言えることで、今年もそうなるとは限りません。 去年の発効日のばらつきが、目安の答申が8月にずれ込んだことの余波だったのか、地方の審議会の運用が変わり始めたのかは、この集計だけでは分かりません。ただ、24年分を数えたかぎり、去年の形はそれまでの23年度分と明確に違いました。
そして、ここに出した数字はすべて厚生労働省が公開している資料を数えただけです。他社の事例も、推計も、アンケートも使っていません。元の資料は下にリンクを置いたので、気になる数字は追って確認できます。
今年も同じ表が出ます。出たら、また数えます。
出典
厚生労働省「平成14年度から令和7年度までの地域別最低賃金改定状況」(Excel。24年度分の都道府県別改定額と発効年月日。本記事の24年分集計はこれを数えたものです) https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001571219.xlsx
厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」(上記Excelの掲載元) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html
厚生労働省「令和7年度 地域別最低賃金 全国一覧」(発効日の実績値。秋田は令和8年3月31日) https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001571192.pdf
厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の答申がなされました」(令和7年9月5日 報道発表。47都道府県の答申が9月5日までに出そろったこと、発効が令和7年10月1日から令和8年3月31日までの間に順次となること) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_63030.html
同 別紙「令和7年度 地域別最低賃金 答申状況」(都道府県別の目安額・答申された改定額・引上げ額・目安差額・発効日) https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001557056.pdf
厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金額改定の目安について」(令和7年8月4日 報道発表。目安Aランク63円・Bランク63円・Cランク64円、目安どおりなら全国加重平均1,118円) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_60788.html
厚生労働省「令和6年度 地域別最低賃金 答申状況」(目安額50円、都道府県別の改定額・引上げ額・目安差額・発効日) https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001297510.pdf
厚生労働省「令和6年度地域別最低賃金額改定の目安について(答申)」(本文で引いた「自主性を発揮されることを強く期待する」の出どころ) https://www.mhlw.go.jp/content/11302000/001127104.pdf
最低賃金法(第11条=異議申出の15日間と決定の制限、第14条2項=公示から30日を経過した日、決定で別に定めた日があるときはその日から発効) https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000137
金額、引上げ額、目安差額、発効日は、上記の資料に記載されている値です。
次の数字は資料の値から集計したものです。上乗せ額の平均(令和7年度5.4円、令和6年度3.1円)、目安どおりだった数(令和7年度8都府県、令和6年度20都道府県)、発効日の開き(令和7年度181日、平成23年度42日、令和6年度31日)、10月中に発効した数(令和7年度20、令和6年度46)と10月1日発効の数(令和7年度1県、令和6年度25都道府県)、発効日が翌年になった県の数、上乗せ区分ごとの発効日の遅れの中央値(9.5日・24日・83日)と各区分のランク構成、上乗せ額と発効日の遅れの相関係数(全47都道府県で0.699、Bランク内28道府県で0.608、Cランク内13県で0.612、年を越えた6県を除いた41で0.564)。相関はいずれもピアソンの積率相関係数で、発効日の遅れは2025年10月1日を起点とした日数です。
なお、目安の答申そのものには金額が書かれていません。令和6年度も令和7年度も、答申の第1項は「その金額に関し意見の一致をみるに至らなかった」で、Aランク63円といったランク別の金額は、答申に添えられた公益委員見解に載っています。この記事で「目安」と呼んでいるのはこの公益委員見解の金額で、答申状況の資料にも各都道府県の目安額として同じ数字が入っています。